2013年6月3日月曜日

第四回 : イチローを観にNYヤンキーススタジアムへ (3)


打席に立つイチロー選手

「お姉ちゃん、ファールボール取ったら僕にちょうだいね」
前の座席の男の子が振り向いて、青い目をくりくりさせながら頼んできました。

「お姉ちゃんは素手だからな、俺がこのグローブで取ってやるよ」
と、隣の席の男性。今日のピッチャーはCCサバシアだから、相手チームの攻撃陣はボールを引っかけてファールばかり出るだろうとのこと。
けれどファールはなかなか飛んできません。 7回攻守替えの頃には男の子も半ベソ気味。

すると隣の男性が立ち上がり、一塁に向かって大声で叫びました。
「おーい、スウィッシャー。この将来の大リーガーboyにボールを投げてやってくれ」
直後、スウィッシャー選手がキャッチボールで使っていたボールが、男性のグローブに吸い込まれました。
「これがアメリカ野球の文化なのさ」
ボールを男の子に渡しながら、彼が誇らしそうに胸を張ったのが印象に残っています。



ボールを手にしてご満悦

 

2013年6月1日土曜日

第四回 : イチローを観にNYヤンキーススタジアムへ (2)

「ticketmaster.comのサイトをこまめにチェックしてみるといいよ」
と、教えてくれたのは個人レッスンをお願いしていたシカゴ出身のAnthony。
「法人が接待用にキープしたチケットが、何らかの理由でディスカウントして売られることが意外とあるんだ」
「そんなチケットは一瞬で買われてしまうわ」と、私。
「そうでもないさ。内野席は高価だって思い込みがあるから、たいていの人は空きをチェックすらしないんだ」

なるほどと朝、昼、晩サイトをチェックしていたら、本当に出てきました。8月29日の対ブルージェイズ戦、エリア14Bの6列6番、1塁側の前から6列目の席です。嬉しいことに予算内での購入です。


座席にもヤンキースのマークが!

当日はタイムズ・スクエアのホテルから地下鉄に乗って161St. Yankee Stadium駅へ。
売店で購入したヤンキースTシャツに着替えて、いざ球場に足を踏み入れます。まず驚いたのは天然芝の美しさです。
濃い緑色、グランドの赤茶けた土色、その向こうに広がる初秋の澄みきった青い空。ウォーミングアップやキャッチボールをしながら、観客の呼びかけに気さくに応える選手たち。野外のピクニックにやってきたような、伸びをしたくなる開放的な空間です。とにかくフィールドと観客の距離が近い。フェンスも無しです。


フェンスなしのスタジアム


ウォーミングアップ中のイチロー選手

2013年5月31日金曜日

第四回 : イチローを観にNYヤンキーススタジアムへ (1)

たしか7月下旬だったと記憶しています。 夕ご飯の友にMLB(メジャーリーグ野球)中継でも観ようかとTVをつけました。
映ったのはシアトルで開催されているヤンキース対マリナーズの夜試合。

マリナーズの本拠地シアトルは、バンクーバーから南に向かって230キロほど、車なら2時間半の距離です。
MLB観戦のバスツアーも出ているので、滞在中にイチロー選手の雄姿を見に行くつもりでした。


ビールを冷蔵庫から取りだし、テーブルについてTVの画面を見た途端、私は「あっ」と声をあげました。
イチロー選手が敵のNYヤンキースのユニフォームを着て打席に立っているのです。 しかも背番号は「51」でなく「31」。

ドッキリか、それとも何かのアトラクションか。やがてヤンキース側の攻撃が終わり、イチローは一塁側ベンチではなく、敵の3塁側ベンチへ駆けていきました。 この瞬間、ようやく私は状況を飲み込めました。
イチローはヤンキースへ移籍したのです。 TVの解説によれば、その日の午後、シーズン途中での移籍発表記者会見が行われたのだという。
わずか3時間後、イチローは新たなユニフォームに袖を通し、古巣のチーム相手に、古巣のグランドで試合に臨んだのでした。


NYに行こうと、次の瞬間には心を決めました。
ベーブ・ルース、ジョー・ディマジオといった野球史に残るスター選手を輩出した名門ヤンキースとイチローの組み合わせは見逃せません。
現役でもジーターやAロッド、リベラ、サバシアなどオールスター級の選手が揃っています。

ひとりで初NY旅行はいささか気が張りますが、メジャーリーグファンとしては、人生に一度はヤンキースタジアムで試合観戦したいものです(と、野球好きのアメリカ人なら誰でも願うのだとか)。

問題は観戦チケットの入手です。 メジャーリーグで最も人気のあるヤンキースの本拠地戦チケットは入手困難。
ほとんどの席が年間シートで、一般発売される枚数は前売り券すらごくわずか。2009年に新しいスタジアムになってからは世界中の野球ファンが訪れるようになり、一層むずかしくなっているそう。

旅行会社のツアーに参加する方法もありますが外野席です。 バックネット裏とはいかなくても、やっぱり内野席10列以内で観たい。
だけど予算は200ドル以内。旅行会社に個人手配の相談をすると、内野席チケットは額面でも500から1000ドル以上すると教えられました。


Mr.NYヤンキースことジータ選手

2013年3月16日土曜日

第三回 : 渋井式、海外での友人のつくり方 (3)

私は3人の言葉を聞いて驚きました。3人ともグループワークのときは、取り付くしまもなく素っ気なかったのです。
「あのときは、Mahoが出来ないことを知らなかったのよ」とM。

「事情を知ったからには協力するから、もうしばらく頑張ってみなよ」とJも言います。
「よし決定!」と声をあげたのはEでした。「私たちがサポートするって約束するから、Mahoも必ず授業に出席するって約束してね」

「初めて会った私を、どうして助けようとしてくれるの?」
「だって、それは…」3人がほぼ同時に答えました。「相手が困っていると知ったら、手助けするのが当たり前でしょ」

 

彼女たちの言葉がヨーロッパの、そして米国大陸に住む人々の文化なんだということが、その後の経験を通して私にも理解できました。
とくにヨーロッパ系の人々にはそれが顕著だと思います。一見すると冷たい印象があるけれど、相手が困っていると知れば、精一杯手助けしようとしてくれる。といっても、彼らはこちらが困っていることを察してはくれません。

しっかり言葉で伝えないかぎり、気づいてくれません。数ヵ月後、ヨーロッパを列車でひとり旅したときにも、それをしみじみ実感しました。
言葉にさえして自分の欲していることを頼めば(その理由も説明できればなお良し)、相手のできることなら大抵やってくれます。できないときも、その理由をきちんと説明してくれるので、こちらも対応しやすいです。

 

E、M、Jとは多くのことを語り合いました。「Mahoの英語の勉強になるから」と、彼女たちが色々な場所に引っ張ってくれたおかげで、沢山の経験をし、ヨーロッパ、中南米を中心に多くの国の人々と接することができました。

そうした交流を通して、彼らが「討論」を好むことを知ったのもいい勉強になりました。とくに社会や政治、経済システムの国ごとの違いに関するテーマは、誰しも好んだのが印象的でした。彼らに言わせると、日本人はあまりその類の話をしてくれないそうです。

そのためか、私がビジネス経験も踏まえて話をすると、たどたどしい英語でも熱心に耳を傾けてくれました。もちろん、彼らも私に分かるレベルの英語で、熱心に自分たちの国のシステムについて説明してくれました。

私の英語力が少しは上達したのは、彼らとのこうした討論のおかげです。

 

第三回 : 渋井式、海外での友人のつくり方 (2)

授業開始10分後には、スタッフの言葉を鵜呑みにした自分を呪いました。CBSラジオ二ユースの書き取りなんて難易度トリプルA級です。

現地のカナダ人たちが日常生活で聞くラジオ報道を完璧に聞きとって、その場でノートに書くなんて私には無理。
そんなレベルに達していたら、語学学校にそもそも通いません。

右隣の生徒のノートをそっと覗いてみると、出来ています。ペンを持った手がすごい速さで動いています。
左隣も、前も、左右斜め前も同じ。圧倒されてぼんやりしていると、

「Maho、まじめに授業に取組みなさい」
と、先生からの厳しい声が…。まじめにやっているけれど、分からない、出来ないんです。

ラジオから流れてくるアナウンサーの英語が早いし、おまけに専門用語が多くて分からない。90分後、ようやく休憩に入って、私は筆記道具をカバンにしまい始めました。

途中棄権は嫌ですが、ここまでレベルが高過ぎると仕方がありません。リスニングクラスはあきらめて、空きのある会話クラスに替えてもらおう。原則1週間は受講しなければならない規則だけど、どうにか頼むしかありません。

 

「何やっているの? まだ授業は終わっていないわよ」右隣の席のMがたずねてきました。
「このクラスは難し過ぎて、私はついていけない。だからもう退席する」

「くじけちゃ駄目よ」
大声を出して話に割り込んできたのは、左斜め前のEでした。

「誰だってはじめの頃は大変なのよ。でも踏ん張って取り組んでいけば、必ずできるようになるから」
「だけどさっきグループワークをやったとき、私が出来ないせいで時間内に課題が終わらなかったじゃない。みんなに迷惑をかけるのは嫌なの」

「迷惑なんて、そんなこと誰も思わないわよ」とE。
「人それぞれ出来る限りで、精一杯やればいいのよ」と、いつのまにか話に参加していたJが言います。


2013年3月13日水曜日

第三回 : 渋井式、海外での友人のつくり方 (1)

ホームステイを終えた私は、バンクーバーの中心街(ダウンタウン)に位置するイェールタウン地区でコンドミニアムを借り、独り暮らしをはじめました。

イェールタウン地区は元は倉庫街でしたが、再開発によって生まれ変わり、洒落たブティックやカフェ、レストランなどが立ち並び、5分ほど歩いてたどりつけるヨットハーバーまでの道のりには、オーガニック食材を扱った高級スーパーマーケットがいくつかあります。都心の白金と自由が丘、さらに品川の海岸地区を足して割ったような雰囲気といったところです。

コンドミニアムのキッチン。使いやすかった。
近くの海沿いの遊歩道。毎朝のウォーキングコース。

引っ越しが済んだところで、翌週から語学学校に通いはじめました。学校での出会いを通じて、ヨーロッパ、南米、アジア、中東など、さまざまな地域からやってきた人々と交流を持てたのは収穫です。

そのうちの何人かとは、帰国後も友人として付き合いを続けています。写真で一緒に映っている友人は、E、M、Jですが(プライバシー保護のためイニシャルのみ記載)、フランス、ブラジル、ドイツとそれぞれ出身の違う彼女たちとは、トフィーノやビクトリアへ旅行に行ったり、バンクーバーの海岸で夕陽が沈むまで語り合ったりと、短くも濃密な時間を過ごしました。

ヴィクトリア旅行。E、J、Mと。

彼女たちと出会ったのは語学学校のリスニングクラスです。
私が通っていた語学学校にはリスニングクラス(聞き取りレッスン)が3コースあったのですが、クラスの予約を取りにスタッフ・センターを訪れたときには、すでに初級と中級のクラスは満員でした。
先生のクラスだったら席がひとつ空いているから、挑戦してみる?」と、スタッフ。

先生のクラスって、難しいんじゃないですか」と、警戒する私。
「大丈夫、全くそんなことないわよ」
というスタッフの言葉に背中を押されて、とにかく受講してみることにしました。

 

2012年12月14日金曜日

城山三郎経済小説大賞を受賞!

こんにちは、渋井真帆さんのブログをサポートさせて頂いております、家計の総合相談センターです。

今回は、渋井真帆さんが城山三郎経済小説大賞をつい先日受賞されたのですが、今週号の週刊ダイヤモンドに、特集ページがくまれています(P128-P131)ので、特集ページを少しご紹介させて頂きます。
ぜひ、お近くの書店でご覧ください♪

渋井真帆さんが城山三郎経済小説大賞

渋井真帆さんが城山三郎経済小説大賞

渋井真帆さんが城山三郎経済小説大賞

来年、ダイヤモンド社より単行本が刊行される予定ですので、楽しみにお待ちください!
これから、ますますのご活躍が楽しみですね♪