2013年9月26日木曜日

ザ・ロスチャイルドここだけの話(5)

1760年、ポンパドゥール夫人はブルゴーニュ地方で評判の高い、ロマネ村のぶどう畑の入手に乗り出します。
その畑のワインは上質で、先代の太陽王ルイ14世が、健康薬代わりに毎夜スプーン一杯ずつ飲んでいたことで知られていました。 自らの権勢を誇示するため、夫人は畑の所有を熱望します。
そこに横槍が入ります。平民出身の愛妾を快く思っていなかったコンティ公爵がより高い価格で対抗して、落札したのです。 畑はロマネ・ポンパドゥールとならず、ロマネ・コンティとなります。


ルーブル美術館(パリ)にて、ポンパドゥール侯爵夫人の肖像画と筆者

ポンパドゥール夫人は、報復措置でコンティ公を失脚させ、怒りにまかせてブルゴーニュワインを宮廷から締め出します。
代わりになる上質ワインを探すのに躍起になっていた夫人のもとへ、知事としてボルドー地方に赴任していたリシュリュー公爵が、シャトー・ラフィットを携えてやってきます。
余談ですが、公爵はマヨネーズを世に広めた人物です。現在でいえば敏腕な食のプロモーターですね。 夫人とルイ15世はラフィットを気に入り、ヴェルサイユ宮殿の晩餐会の御用達としました。 こうしてCh.ラフィットは「王のワイン」の名声を得ます。

品質ばかりでなくその逸話も魅力的なラフィットの畑は、人々の垂涎の的で、入手は極めて困難でした。 ユダヤ人への反感もありました。
それでもジェイムズ・ド・ロスチャイルドは37年間も粘り、ついに1866年、「王のワイン」の持ち主になります。


ジェイムズ・ド・ロスチャイルド

ロスチャイルド・ジャパンの方と取材でお会いしたときの話です。
「シャトー・ラフィットをいくらでも飲めるなんて、羨ましいですね」と言ったところ、「一級格付けのシャトー・ラフィットの生産は少量で、高く売れますから、めったなことでは飲みませんよ」との答えが返ってきました。
お客さまをもてなすときも、もっぱらセカンドワインだとか。 お金持ちでいくらでも高級なワインを飲んでいるのだろうなあ、などと勝手に想像していましたが、実際は、そんなこともなく、ひたすらビジネスに徹しているようです。

値ごろなセカンドワインといっても侮ってはいけないのだとか。 まさにここだけの話、年によってセカンドワインが1級のCh.ラフィットと同水準、もしくは超えることがあるそうです。
誕生日や記念日に奮発してみるのもいいかもしれません。

ザ・ロスチャイルドここだけの話(4)

「王のワイン」と異名をとるシャトー・ラフィットは、1868年にロスチャイルド五兄弟の末子ジェイムズが新たな所有者となりました。


Ch.ラフィット2008年

元々ラフィットとムートンは隣同士の地続きの畑で、セギュール家が所有していました。
ヴァレンタインの時期に、大きなハートが印象的なエチケットのワインを見かけたことがありませんか。 あの赤ワインはCh.カロン・セギュールといって、ボルドーの3級格付けワインです。
この畑を愛したのが〝葡萄畑の王子″と呼ばれたニコラス・ド・セギュール侯爵です。 彼は18世紀当時、Ch.ラフィットを所有していたにもかかわらず、カロンのシャトーの門柱に「我、ラフィットを造りしが、我が心カロンにあり」と彫らせました。ハートのエチケットは、このセギュール侯爵のカロンの畑への情熱に因んだものです。
友人たちは侯爵の行為に驚きます。 この頃すでにラフィットが「王のワイン」として名声を確立していたからです。


Ch.カロン・セギュール「恋人たちのワイン」として人気

なぜCh.ラフィットが「王のワイン」と称されるようになったのか。 そのきっかけを作ったのが、世界で最も有名なワインといわれるロマネ・コンティです。
時代は18世紀中頃、マリー・アントワネットが断頭台の露に消える30年ほど前です。悲劇の王妃は、まだ、フランスに輿入れしてきていません。 この時期、ヴェルサイユ宮殿に君臨していたのはポンパドゥール夫人、ルイ15世の公式愛妾です。彼女の名前をつけたパン屋さんが日本にあります。 フランスパンを発案したといわれる夫人に、敬意を表して名付けたと聞いたことがあります。

2013年9月23日月曜日

ザ・ロスチャイルドここだけの話(3)

「ザ・ロスチャイルド」ここだけの話 2話

(本稿は、去る7月24日、東京・丸の内KITTE内JPカンファレンスホールで開催された、小説「ザ・ロスチャイルド」出版記念講演会の内容が元になっています)

ワイン愛好家たちは「ロスチャイルド」の名を聞いて心を躍らせます。
フランスでもボルドー産赤ワインは別格ですが、その最上とされる一級格付けは、Ch.(シャトー)ラフィット、Ch.マルゴー、Ch.ラ・トゥール、Ch.オー・ブリオン、Ch.ムートンの5つのシャトーのみです。 このうちラフィットとムートンの2つをロスチャイルド家が所有しています。
ラフィットがフランス・ロスチャイルド家(五男ジェイムズ系)、ムートンがイギリス・ロスチャイルド家(三男ネイサン系)です。


ボルドー5大シャトーのワインたち

まずご紹介するのはシャトー・ムートンです。
ナサニエル・ド・ロスチャイルドが1853年にシャトーを購入しました。 この人物は、小説「ザ・ロスチャイルド」の主人公ネイサン・マイヤーの四男です。
写真は2003年のボトルです。2003年はナサニエルがシャトーを購入してから150周年ということで、エチケット(ラベル)にはナサニエル本人の肖像画と購入時の契約文書があしらわれた、特別なものになっています。


ムートンのエチケットの意匠は年ごとに変わり、当代の偉大な画家や彫刻家たちへ依頼されます。
シャガール、パブロ・ピカソ、ジャン・コクトー、マリー・ローランサン、ミロ、サルバドール・ダリ、アンディ・ウォホール、バルテュス…近代・現代美術の巨匠たちの手によるラベルは、もはや〝飲むため″のワインの域を超えて、芸術的価値の高いコレクターズ・アイテムとなっています。

日本人では、1979年に堂本尚郎が、1991年にSetsuko(バルテュス夫人でもある)がデザインを手掛けました。 どちらも未年のエチケットで、もしかしたら2015年は、日本人アーティストによってデザインされたものを目にできるかもしれません。